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2015年8月11日 (火)

捨てられたショウガ

畑に捨てられた真っ赤なショウガを見ると、墓参りに行かねばならない。
母は毎年、お盆に軸付きショウガの新漬けを作る。とてもおいしくて評判がいい。
母はその評判に大喜びだ。だがそれは、若いショウガだからうまいのだ。嫁や畳と同じである。

おいしい紅ショウガはあっという間になくなる。母はすぐに残りのショウガを掘り上げて漬けるべきだ。だが、それができない。お盆に食べるのは特別早く掘り上げたショウガなのだ。他のショウガは、畑でもっと大きく育ててから漬けるつもりなのだ。

秋になって、ようやく母はショウガを掘り上げて漬ける。それは硬くてまずい。ただ食卓に並んだ日だけは大人気だ。柔らかい新芽部分だけを食べればいいからだ。
そして硬くてまずい紅ショウガが残る。母は食べ飽きたと思っているのかもしれない。
一週間後に、残った紅ショウガを皿に出して、

母「味はどう?」
私「硬くてまずいわ」
母「文句を言うなら、あんたが漬ければいい」

私は質問に答えただけである。誰もショウガを漬けてくれなんて頼んでいないし、ほめて欲しいなら早く掘り上げればいいのだ。
母はそのまずい紅ショウガを妹にも送る。妹の家でも、初日は若い新芽を食べればいい。お礼の電話は

「みんな喜んで食べているよ」

たしかにウソではない。若い芽だけなら、とてもおいしいのだ。
そもそも、タダで紅ショウガをもらった人が、

「硬くてくそまっずいわ」

とは言ってくれないだろう。

誰も食べない紅ショウガは、まずいからといって捨てるわけにもいかず、冷蔵庫に一年間居座ることになる。
翌年の夏、母はまたお盆にショウガを漬ける。
だが、ショウガを漬ける容器がない。
ここでようやく母は昨年のショウガのことを思い出し、古いショウガが畑に捨てるのである。

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